Midaq Alley (زقاق المدق)

カイロ裏路地と日本人青年 〜グローバルサウスの未来都市にて〜

 

1940年代のカイロ、ハーン・エル・ハリーリー。その活気あるミダック横丁は、世界の縮図――格差や夢、欲望が渦巻く場所。カイロ大学の校舎が目の前にそびえ立ち、若者たちが知識と未来を手にするため道を行き交う。

 

この物語は、極貧の日本人青年と、莫大な富を持つアラブ人富豪が織りなす運命を描く。

 

 

登場人物

 

- 斎藤健太(Kenta Saito)  

  貧しい日本人青年。理髪師としてミダック横丁で働く。家族のため、そして想い人・美沙にプロポーズするためにカイロ大学でアルバイトをしながら、夢と現実のはざまで生きる。

 

- 美沙(Misa)

  幼い頃に家族を亡くし、仲人である和子おばさん(Kazuko Obasan)のもとで育つ。向上心が強く、美貌で周囲を惑わせながら、富や権力への憧れを隠しきれず、心は揺れる。

 

- アブドル・ラヒーム・サイード(Abdul Rahim Said)  

  カイロで最も裕福な大富豪。キルシャ・カフェの主人であり、裏で違法取引を手がける。欲望のままに若者を手玉に取るが、孤独を抱える。

 

- ラヒーム夫人(Mrs. Rahim)  

  短気で横丁きっての名物女将。

 

- 和子おばさん(Kazuko Obasan)

  貧しい近所の仲人兼風呂係。美沙の養母として人生の知恵を教え、時に厳しい判断を下す。

 

- サミル・アルファイサル(Samir Al-Faisal)  

  富豪ラヒームの右腕で実業家。カイロ大学理事。美沙と斎藤の運命に深く関わる。

 

- ブーシー博士(Dr. Boushi)

  偽歯科医。墓場から入れ歯を盗み、横丁の貧しい人々に安く提供する。

 

- サノ(Sano)

  キルシャ・カフェのウェイター。

 

- タケシおじさん(Takeshi Ojisan)

  心優しい独身のお菓子売り。有名な肥満体型で眠そうに過ごす。

 

他にも、パン屋の美雪(Miyuki)、その夫の玄太郎(Gentarou)、障がい者製造者のザイード(Zaid)など、横丁の面々は誰もが人生の悲喜こもごもを生き抜いている。

 

 

プロローグ

 

 青い朝の光が差し込む、カイロのハーン・エル・ハリーリー。  

 

巨大モスクの祈り声に混じって、ガラス張りの高層ビルがきらめく。迷路のような路地には、電動バイクの軽やかな音と、スマートフォンを見つめる笑顔—世界中から集った人々が、互いの夢と日常を織りなしている。

ここでは、インスタ映えのカフェが伝統的な香辛料店と肩を並べ、AIやバイオテック研究がカイロ大学キャンパスから発信されている。古い市場はデジタル決済やドローンによる配達で時代を進める一方、人々の温もり、駆け引き、そして語り合いは路地裏に脈々と息づく。カフェの片隅では、タブレットで占うオンラインタロットと、香り高いコーヒー占いが現代と過去をつないでいる。ロボットのパン屋も、バーチャル体験が楽しめる理髪店も、そして詩人とVRアーティストが共演する街角も、未来と伝統の境界線を自由に行き来する。

 

 遡ること、1940年代のカイロ、ハーン・エル・ハリーリー。その活気あるミダック横丁は、世界の縮図――格差や夢、欲望が渦巻く場所。カイロ大学の校舎が目の前にそびえ立ち、若者たちが知識と未来を手にするため道を行き交う。

 

 斎藤健太は、カイロ大学で学びながら、ハーン・エル・ハリーリーの理髪店で働いている。彼は美沙への思いを胸に、必死でお金を貯めている。横丁には違法な商売、人と人の欲望が渦巻き、貧困と富が隣り合う世界。

 

ある日、美沙は大富豪ラヒームと出会い、その豪奢な生活に心を動かされる。ラヒームは、美沙を自分のものにしようと様々な誘惑を仕掛ける。サイードやカイロ大学の理事サミルも世の中の権力と知識の象徴として若者たちを支配する。

 

斎藤はイギリス軍に雇われて金を稼ごうとし、やがて運命の歯車が大きく動き出す。斎藤の純粋な愛は、横丁の金や権力と対峙する。からくりの末、美沙は富豪の世界に誤って踏み込むが、その代償として大切なものを失っていく。

 

ブーシー博士の入れ歯泥棒、サノの気まぐれな友情、タケシおじさんの優しさ、和子おばさんの葛藤――全員の人生が交錯し、物語は悲劇と希望、絶望と赦しの間で揺れる。

 

戦後、横丁は変貌を遂げる。斎藤は失意と喪失の中で、再び美沙と向き合う。美沙もまた豪奢な生活では満たされない心を知る。カイロ大学は新しい始まりの象徴となり、若者たちは再び自分の人生を歩み出す。

 

 

【2025年以降のカイロ、ハーン・エル・ハリーリー】

 

 テクノロジーと伝統が交差する未来都市カイロ。巨大モスクの隣にガラス張りの高層ビルが立ち並び、電動バイクやスマートフォンを片手に歩く人々が横丁に集まる。ハーン・エル・ハリーリーの迷路のような路地は、インスタ映えするカフェ、スタートアップ企業のオフィス、外国人観光客、近隣の学生たちで賑わいを増している。

 

カイロ大学のキャンパスはAIやバイオテック研究の拠点として未来の知識を発信。伝統のカフェでは珈琲占いと共に、タブレットでオンラインタロットを楽しむ客がいる。古い市場はデジタル決済やドローン配達対応へと姿を変えたが、路地裏では昔ながらの人情や駆け引きも残る。

 

SNSやグローバル経済の波にもまれながら、住民たちは格差や希望、恋や絶望、ささやかな幸せを日々追い求める。パン屋はロボットでベーカリーを運営し、理髪店はバーチャル体験も提供してくれる。街角では昔ながらの詩人に加え、VRアーティストや国際的なインフルエンサーが共存する。

 

若い世代は「世界のど真ん中」にいる自覚を持ち、未来に向かって歩み続ける。ハーン・エル・ハリーリーはやはり“世界の縮図”として輝き、伝統と未来が交差するエネルギーに満ちている。