聖マリアの丘にて
矢野晴子は、スーツケースの取っ手を握ったまま、六畳一間の真ん中に立っていた。
築四十年の木造アパートの二階、角部屋。不動産屋の若い男は「前の入居者がお亡くなりになりまして」と言いにくそうに告げたが、晴子は「あら、じゃあ静かでいいわね」と笑った。六十九年の人生で、こういう部屋に住むのはもう何度目か数えてもいない。二年ごとに転居を繰り返す暮らしは、家賃減免の期限が切れるという現実的な理由によるものだが、晴子自身はそれを「フーテンの寅さんごっこ」と呼んで楽しんでいた。
荷解きは三十分で終わる。スーツケースひとつに収まる人生だ。近所のカフェを見つけて、ブログを更新する。「また引っ越しました。今度の部屋は西向きで、夕陽がきれいです。前の住人は静かな方だったそうです」。冗談のつもりだった。
コメントがすぐについた。節子さんからは「あら、また?お体に気をつけてね」。雅子さんからは「西向きの部屋、いいですね。うちは三階建てなのに、どの窓からも空が遠いです」。晴子は二人の文面をしばらく眺めた。節子さんのコメントはいつも短くて温かい。雅子さんのコメントは、最近、どこか息苦しい。
ブログを閉じて、裁判所へ向かった。今日の傍聴は午後から。帰りは汽車に乗って、知らない駅で降りるかもしれない。鬱の波は、いつ来るかわからない。けれど、汽車の窓から流れる景色を眺めていれば、たいていのことはやり過ごせる。
部落出身で、両親に虐待され、結婚もせず、生活保護を受けて事故物件に住む六十九歳の女。世間が「負け組」と呼ぶなら呼べばいい。有名大学の通信教育でドイツ語を学び、長い年月をかけて卒業した。文芸誌の新人賞の評論家を務めている。ブログにはファンもいる。晴子は自分の人生を「負け」だと思ったことは一度もなかった。
富永節子は朝五時に目を覚ました。枕元の煎餅を一枚取り、口に入れる。咀嚼しながらKindleを開く。アガサ・クリスティの『パディントン発4時50分』を、もう七回読んでいた。
節子の頭の中では、この長編を短編に翻案する構想が育ちつつあった。師である瀬尾紀代が津和野に移住してから、あるイメージが頭を離れない。隠れキリシタンの歴史が残る乙女峠マリア聖堂。その麓の町に暮らす老婦人。英国の「セント・メアリ・ミード」ならぬ、日本の「聖マリアの丘」に住む老婦人探偵。
もちろん、現代ではクリスティ的な犯罪はあり得そうもない。ミス・マープルの謎解きだって、現実には正解とは言えまい。殺人事件など、マスコミ報道以外のどこにあるのか。隣室で人が殺されるなど考えられない。
それでも、節子は退屈しなかった。一日中、何かを食べるか飲むかしながら、何かを考えている。現実の人間関係は煩わしいが、バーチャルの世界では自由に想像し、発言できる。晴子のブログを読み、雅子のコメントを読み、二人の言葉の裏にあるものを分析する。
瀬尾先生の犯罪心理分析の素晴らしさを、節子は崇拝していた。思考的に相性が良いのだ。先生に電話をかけた。「晴子さんの文章は年々明るくなっています。雅子さんの文章は、ここ数ヶ月で硬くなっています。あの二人、入れ替わりますよ」
紀代は静かに答えた。「あなたの分析は正しいと思う。でも、分析と理解は違うのよ」
煎餅をもう一枚かじりながら、節子はその言葉の意味を考えた。夫が起きてくる前に、もう一章読み進めることにした。小学生のように早寝早起きの生活。何も続かない人生の中で、カウンセリングゼミと結婚だけが続いている。それは夫の忍耐力と、紀代先生の分析眼のおかげだと、節子は知っていた。
片岡雅子は、三階建ての家の窓から空を見上げた。東京都内二十三区、地下室まである立派な持ち家。それなのに、どの窓からも空が遠い。
夫の定年退職まで、あと数日だった。東大出身のこの男は、妻のことを「高卒の飯炊き婆さん」と呼ぶ。「俺の稼いだ金を浪費する女」と当たり散らす。単身赴任の間は自由だった。海外旅行に行き、有名大学の通信教育で法律を学び、来年にはようやく卒業できる。しかし、夫がこの家に戻ってくる。一日中、あの男と同じ空気を吸わなければならない。
娘から電話が鳴った。「お母さん、少し助けてほしいの」。経済状態が悪化しているのは知っていた。孫の面倒、娘夫婦への援助、夫の世話。「女はこうあるべき」という社会通念が、雅子の首に静かに手をかけていた。
北海道の僻地で両親を相次いで看取った疲れが、まだ体の底に澱んでいる。妹を早くに亡くし、両親の介護は一人で担った。今年から年金が入り、遺産も相続した。傍から見れば「勝ち組」だろう。持ち家があり、夫は東大卒で、遺産もある。
夜、晴子のブログを開いた。六畳一間の事故物件に引っ越したという記事。スーツケースひとつの人生。なぜ、あの人はあんなに軽やかなのだろう。そう思った瞬間、雅子は自分が晴子を羨んでいることに気づいて、画面を閉じた。
瀬尾紀代は、朝霧の中を歩いていた。霊亀山の山道を登り、標高三百六十二メートルの津和野城跡に立つ。石垣が霧に浮かぶ姿は、天空の城そのものだった。なだらかな青野山の山すそに広がる家並みと、津和野川のゆるやかな流れが一望できる。
七十八歳。かつて東京港区恵比寿のレンタルオフィスでカウンセラー養成スクールを経営し、テレビで犯罪者の心理分析を語り、本を出版していた。六十五を過ぎて、体調管理と生活習慣の見直しを考え、この山陰の小京都に移住した。殿町通りの古民家を改装した住まいは、紀代にとって最後の城だった。
恵比寿で犯罪者の心理を分析していた頃も、この石垣の上で考えることも、問いは同じだ。人はなぜ、自分を壊すほど我慢するのか。
節子から聞いた三人の話を思い返す。晴子は社会の枠を捨てたことで、自分を守った。雅子は枠の中に留まり続けることで、自分を磨り減らしている。そして節子は、枠の外から二人を観察しているつもりで、自分自身の枠には気づいていない。
乙女峠マリア聖堂の前を通りながら、紀代は思った。信じるものが人を生かしもし、殺しもする。キリシタンたちはその信仰ゆえに迫害され、その信仰ゆえに生き延びた。
今日は節子の年に一度のカウンセリング特別個人指導の日だ。津和野の「贅沢なお宿 よしのや」で夕餉を共にする約束になっている。古民家の戸を閉め、殿町通りを歩き始めた。
偶然は、時に必然のような顔をする。
山陰の小京都、津和野。「贅沢なお宿 よしのや」の囲炉裏の間に、四人の女が集まっていた。節子は紀代の個人指導のために。晴子はスーパーの福引で当たった送迎バス旅行で。雅子は、夫が株主優待のゴルフ旅行に出かけた隙に、主婦業を放棄して新幹線とJRを乗り継いだ一泊一人旅で。そして紀代は、この町の住人として。
晴子のブログを通じて緩やかに繋がっていた四人が、一つの囲炉裏を囲んでいる。初めて顔を合わせたはずなのに、不思議と気まずさはなかった。
* * *
夕餉の後、雅子は一人で露天風呂に向かった。夕食時で、湯殿はがらんとしていた。湯気の向こうに、人影が見えた。
最初は、二人の宿泊客が湯に浸かっているのだと思った。しかし、一人の男が、もう一人の首に黄色い湯タオルを巻きつけていた。女は動かなかった。男が手を離し、振り返りもせずに走り去った。その後ろ姿。髪の色が目に焼きついた。黄色い湯タオルと同系色の、金髪にオレンジを混ぜたような色。
雅子は悲鳴を上げた。
三人が駆けつけた。晴子が最も早く、次に節子、そして紀代が杖をつきながら到着した。湯殿の縁に横たわる若い女性。湯タオルで首を絞められた窒息死。
島根県警津和野署に通報された。しかし、金髪にオレンジを混ぜたような髪色の男は、よしのやに宿泊していなかった。殺人者は、夜の津和野に消えた。
翌朝から、四人はそれぞれに街を歩き始めた。裁判の傍聴で培った観察眼を持つ晴子。犯罪心理分析への飽くなき興味を持つ節子。法律を学ぶ雅子。そして、犯罪者の心理を読み解いてきた紀代。四人は、独自に事件の断片を拾い集めた。
やがて、島根県警津和野署の聞き込み捜査で、殺された女性の身元が明らかになった。彼女は、聖マリア教会で育てられた遺棄児だった。浦上から逃れてきた隠れキリシタンの子孫だけが密かに知る「聖マリアの揺り篭」に、生まれてすぐ臍の緒をつけたまま捨てられた赤ん坊。この春に高校を卒業し、教会を離れなければならない身の上だった。彼女の唯一の持ち物は、赤いリカちゃん人形をモチーフにしたリカちゃんトートバッグ。犯行現場に、それが落ちていた。
* * *
足がパンパンに張り、疲労感に包まれた四人は、本町通り沿いの「香味園上領茶舗」に辿り着いた。「ざら茶」をベースにした和洋折衷のハーブティー「ティザンヌ」と、フランス人シェフが手掛けるフィナンシェ、カヌレの二種セットを、それぞれ注文した。広いテーブルに、四人が向き合う。
晴子が口を開いた。「被害者の名前は、隠れキリシタンの末裔を連想させるわね。なぜ、そんな名前を付けたのかしら」
節子が煎餅の代わりにカヌレをかじりながら答えた。「きっと、彼女の母親が誰か、みんな知っていたからよ」
晴子が続けた。「イエローみたいなオレンジに近い金髪って、なんなの?」
節子が首を傾げた。「職業のことかしら。帽子を被って髪の色がわからない仕事か、さもなくば、地元のヤンキーだと思うわ」
雅子がティーカップを置いた。「なんで、彼女は殺されたの?」
紀代が静かに言った。「えっ? 『なぜ、彼は殺したの?』じゃないのかしら」
雅子は目を瞬いた。「どう違うの? よくわからない」
四人の間に、沈黙が降りた。
* * *
やがて、犯人の男は島根県警津和野署の刑事に逮捕された。
動機は、嵯峨野の名家の一人娘との縁談だった。殺された女性は、その男の赤ん坊を一人で産んでいた。育てることができず、「聖マリアの揺り篭」に預けた。赤いリカちゃんトートバッグは、母親から我が子への贈り物だった。彼女は揺り篭に戻って赤ん坊にそれを届け、一人で津和野を去るつもりだった。
しかし、男はその行為を脅迫と解釈した。過去の関係と子供の存在が縁談を壊す。その予期不安に苛まれ、衝動的に殺した。
母親の最後の愛情を、男は脅迫と読み替えたのだ。
* * *
事件の後、四人はそれぞれの場所に戻った。
晴子は汽車に乗った。新しい文芸誌の新人賞の原稿を鞄に入れて、窓の外を眺めた。鬱の波が来そうな気配がしたが、車輪のリズムに身を任せた。ブログに書いた。「人は誰かの隣で死ぬ。その隣に誰がいるかは、偶然が決める。けれど、自由とは、失うものがない者の特権ではない」。読者が少し増えた。
雅子は東京に戻った。三階建ての家に、定年退職した夫がいた。湯タオルで首を絞められた女性の顔が離れない。あの女性は、ただ我が子に贈り物を届けたかっただけだった。その愛情が「脅迫」にされた。雅子は、自分自身が見えない手で首を絞められているような感覚を、初めてはっきりと自覚した。体の奥に、言葉にならない違和感があった。法律の卒業論文だけが、唯一の逃げ場だった。
節子は煎餅をかじりながら、占いの結果を眺めた。晴子は「大吉」、雅子は「要注意」。占いなど信じていないが、自分の心理分析と一致していることに薄く笑った。そして、ウェブ小説の最初の一行を書き始めた。「聖マリアの丘」に住む老婦人探偵が、ようやく動き出す。現実の殺人事件が、節子の処女作の核になった。
紀代は津和野城跡の石垣に夕陽が当たるのを眺めていた。霊亀山の上から、なだらかな青野山と津和野川と、小さな町の屋根が見えた。ノートに一行書いた。
「犯人はいずれ見つかるだろう。だが、あの悲鳴を上げた女は、自分自身の叫びにまだ気づいていない」
殿町通りの古民家に戻り、明日の講義の準備を始めた。
* * *
『なぜ、彼女は殺されたのか』と『なぜ、彼は殺したのか』。紀代が投げかけた問いの答えを、四人はまだ探し続けている。犯人は捕まった。しかし、本当の答えは、それぞれの人生の中にしかない。
勝ち負けは、最後に笑った者が決める。だが最後とは、いつのことか。