性格プロファイリング エピローグ(37P)

「小説」「映画」「テレビ」「評論」といった右脳の言葉も行き場や方向性を喪失しているということになります。つまり、左脳の言葉に対応していると信じられていた、これまでの右脳の言葉が社会的な言葉としての信用や価値を表現しきれなくなっている、ということです。このことは、日本人に独自の右脳の言葉(=幼児語のことです)を、成育歴の中で母親から教えてもらわなくて成長した「小学生」「中学生」「高校生」、そして「大学生」や「社会人」も、小説や映画、テレビ、エッセイなどによって学習していた右脳の言葉を憶えたり、学習したり、「書き言葉」として習得するということが無意味に感じられたり、「これから先、どのような社会的な価値のある関係をどのようにつくっていけばいいかわからないという不安が「脳神経のレベル」での病理を噴出させている、ということでもあります。これが「成育歴」のなかで「母親」、もしくは「父親」との関係のなかでの「病理」を価値決定し右脳の中のバッド・イメージと左脳の言葉に対する緊張(右脳へのノルアドレナリンの分泌の強制(これが『アルコール中毒』『麻薬中毒』などの本人も中止したいのに中止できない孤立した個人レベルの開館の享受という脳神経学的な遠因にもなります。)右脳のバッドイメージから引き起こされ、生理的身体の『知覚系統の異常の症状」など自己崩壊の原因です。「オウム真理教」の特異性は、成育歴の中で右脳の言葉を母親から教えてもらわなかったことが心的な原因となってぶつかった「右脳の中のバッドイメージ」や「生理的身体の知覚系統の病的な異常」にぶつかって、これを避けるために「幼児語(右脳)」の中に自覚的に退行化していった、というところにあります。

阻止て、性格プロファイルの示すところによれば、母親から幼児語(右脳の)を教えてもらった人は、「学校教育」という左脳の言葉をたどっていった行きつく果てには、「社会的な言葉」の価値がすっかり消失してしまっている、という老人が子ども帰りになるように、ぶつかるということが予測されます。