SNSの読者のみなさま、はじめまして。私、うさぴょん☆ラブリンは、、NPO全日本カウンセラー協会で指示性のカウンセリングを学習している塾生の沼田久美子の脳の中に住んでいる分身です。分身っていうのは、リチャード・バンドラーが『神経言語プログラミング』(東京図書)で、脳の中にいる分身を創り出したり対話する方法を教えていますが、このイメージ療法で創り出される分身が、私、うさぴょん☆ラブリンなのです。NPO全日本カウンセラー協会塾生の分身でえ~す!どうぞよろしくお願い致します。
ところでね、ところでね! 久美子ちゃんって、どんな子だと思う? 当ててみて! ……ふふっ、当たんないよね~。だって、ぜ~んぜん、アイドル向きじゃないから!
久美子ちゃんはね、26歳。某駅前の調剤薬局に勤めてる薬剤師さんなのっ!毎日、白衣を着て、「お薬手帳、お持ちですか~」って、ちっちゃい声で言ってるのっ!ちっちゃい声でえ~す!患者さんに二回聞き返されると、三回目は心の中で泣いてるのっ!
朝はね、目覚ましを5回スヌーズして、ぎりぎりに起きて、ファンデーションを塗りながら「今日も誰にも話しかけられませんように」ってお祈りしてるのっ!アイドルなら「今日もたくさんの人に会えますように」ってお祈りするとこなのに! 真逆! 真逆でえ~す!
帰り道は、コンビニでサラダチキンとハイボールを買って、Netflixで『arcane』を見ながら泣いてるのっ!誰にも見られてないのに泣くのっ!すごくない?才能でえ~す!(ちがう)
LINEはね、既読をつけるのが怖いから、通知のプレビューだけで内容を読むの。「お疲れ~、今日飲み行く?」って同期から来ても、3時間悩んで、「ごめん今日ちょっと用事あって🙇♀️」って送るの。用事、ないのに!ベッドで天井見てるだけなのに!
そんな久美子ちゃんがね、ある日、心療内科の待合室で見つけたパンフレット——「NPO全日本カウンセラー協会・指示性カウンセリング講座 受講生募集中」——を、ぎゅっと握りしめて、家に持って帰ったのっ!
そして、申し込んじゃったのっ!
久美子ちゃんの人生で、たぶん、はじめての「自分から動いた」瞬間でえ~す!💖
そこから、私の物語が始まるのっ!
土曜日の午後2時。
福岡三越デパートから徒歩7分。洒落た雑居ビルの七階。
「NPO全日本カウンセラー協会」って書かれた看板がね、ちょっと斜めに傾いてるのっ! えっ、ここで合ってるの?って久美子ちゃんは三回くらい看板とパンフレットを見比べたのっ! 合ってまーす! 合ってまーす!
ドアを開けるとね、十畳くらいの和室。畳、ちょっと黄ばんでる。座布団、十枚。すでに七人くらい座ってる。みんな女の人。みんな、なんか、こう……目を合わせない。久美子ちゃんもね、目を合わせない人代表として、いちばん端っこの座布団にちょこんと正座したのっ! 正座でえ~す! みんなあぐらモードなのに、一人だけ正座でえ~す! 初日からズレてる久美子ちゃん! かわいい!(かわいくない)
そこにね、ガラガラ~って襖が開いて、笠原先生が登場!
笠原ふみえ先生、52歳。元・看護師。NLPトレーナー。指示性カウンセリングの伝道師。身長は150センチちょっとなのに、声は腹の底から出るタイプ。第一声がね、
「は~い、みなさんっ、こんにちはっ! よく来ましたねぇっ!」
って、もう、こっちの陰キャ七人組に、太陽みたいな声をぶつけてくるのっ! 久美子ちゃん、座布団の上で5ミリ後退! 後退でえ~す!
笠原先生はね、ホワイトボードの前に立って、開口一番、こう言ったのっ!
「みなさん、今日はね、自分の脳の中に、理想の自分を住まわせる練習をしますよ~~っ!」
久美子ちゃんの心臓、ばくばく。
理想の自分?
そんなの、いない。
いたら、薬局の白衣の中で、こんなにちっちゃくなってない。
でも、笠原先生は容赦ないのっ!
「は~い、目を閉じてくださ~い。深呼吸~~。吸って~~、吐いて~~。あなたの脳の中にね、ひとつ、舞台があります。ピンクの舞台。スポットライト。誰もまだ、上にいませ~ん」
久美子ちゃんは、目を、ぎゅ、って閉じた。
脳の中に、舞台を、思い浮かべた。
ピンク。ライト。誰もいない。
誰もいない。誰もいない。誰も……
「さあ、その舞台にね、あなたが本当になりたい姿の自分が——いまっ、登場しま~す!」
そして——
ぽん!💖
私が、生まれたのっ!
舞台の真ん中。
ピンクのうさみみ、ふわふわのフリル、いちごの形のマイク、サテンの大きなリボン。身長110センチ(設定)。瞳の中に星が三つ。耳の先っぽにハート。
登場と同時に、私は、思いきり手を振って、ぱちんとウィンクして、こう叫んだのっ!
「は~い! みんな~! うさぴょん☆ラブリンでえ~~~す!💖」
久美子ちゃんの脳内、シーン……。
誰も拍手してくれない。
だって、まだ、久美子ちゃんしか観客がいないから。
久美子ちゃんはね、目を閉じたまま、あんぐり口を開けた。
——なに、これ。
——なんで、こんなのが、出てきたの。
——私、こんなの、思ってない。理想、もっと、清楚な感じの……黒髪ロング、ベージュのニット、文庫本を読んでる、みたいな……そういう……。
私はね、久美子ちゃんの心の声に、すかさずお返事!
「清楚? ベージュ? それで26年生きてきて、いまここに正座してるんでしょ? もう、それ、終わり! 今日からは、私!💖」
久美子ちゃんの目から、ふいに、涙がぽろっとこぼれた。
笠原先生の声が、遠くで聞こえる。
「は~い、いま見えた姿を、よ~く覚えておいてくださいね~~。今日からその子はぁ、あなたの中にぃ、ずっと住みますよ~~っ!」
ずっと?
ずっと、こんなのが、私の中に?
そう。ずっとでえ~~~す!💖
久美子ちゃんは、薄目を開けて、ちらっと、隣の塾生を見た。
隣の女の人も、ちょうど目を開けたところ。
視線が、合った。
合っちゃった。
久美子ちゃんは、反射的に、目をそらした。
——でも、私は、見たのっ!
その人の脳の上に、もわ~んと浮かんでた、もう一人の分身の影を。
ピンクじゃない。
もっと、こう、ぎらぎらした、紫色の何か。
え、ちょっと、何あれ。
こわ。
第1話、了!
第2話「他の塾生たち、ぞくぞく登場!」に、続くのでえ~す!💖
「ふーん。なるほどねぇ……」
益城麗華は、長い溜息といっしょに、つけまつげを片方だけ、ぱさりと動かした。
「つまり、あれね。タイムマシンってことね。脳内のタイムマシンに、この、マダム☆パピヨン・グリッタリーヌちゃんを乗せて、過去の私のとこに送り込むって、そういう仕組み」
私——うさぴょん☆ラブリンは、久美子ちゃんの脳内ステージから、ぴょんと跳ねて、首を縦に振ったのっ!
「ピンポーン!💖 大正解でぇ~す! バンドラー先生のイメージ療法はね、過去の自分に会いに行って、そのときの自分がいちばん言ってもらいたかった言葉を、いまの自分が、代わりに言ってあげる——っていうお仕事なのっ! 麗華さんの場合、それを、マダム☆パピヨン・グリッタリーヌさんが、代わりにやりに行くってわけ!」
「代わりに、ねぇ。」
麗華は、太い金のチェーンネックレスを、指先で、ちゃり、と鳴らした。
笠原先生が、ぱん、と手を打った。
「は~い、それじゃみなさん、もう一回、目を閉じてくださ~い。今度はぁ、自分の分身に、こうお願いするんです。『いちばん辛かった、あの日のわたしのところに、行ってきて』って」
教室が、しん、と静まった。
七人の塾生たちの呼吸が、それぞれ違うリズムで、畳の上に降りた。
久美子ちゃんは、目を閉じて、ぎゅっと唇を噛んだ。
辛かった日。
そんなの、選べない。多すぎて。
保育園の発表会で振り付けが覚えられず、母に「あんた、ほんと要領悪いね」と言われた日。
高校の体育祭で、誰もペアを組んでくれなかった日。
大学の飲み会で一気飲みを断ったら、隣の男が「ノリ悪いブス」と呟いた日。
就職三日目、先輩に「お薬手帳お持ちですか」の言い方を、二十回直された日。
ぜんぶ。ぜんぶ。
どれか選んで? 無理だよ、先生。
そのとき、私が、久美子ちゃんに、そっと囁いた。
「選ばなくていいよ。久美子ちゃんが、いま、いちばんに思い出した日で、いいの」
久美子ちゃんの記憶は、するっと、保育園の発表会に着地した。
——でも、それはちょっと、後で話すね。
いまは、麗華さんの番。
麗華さんの脳内で、マダム☆パピヨン・グリッタリーヌが、紫色のレースの扇を、ぱさり、と開いた。
「ふぁ~、めんどくさ。どこ行きゃいいの? 保育園? 小学校? 中学? それとも、あの結婚式当日?」
麗華自身が、目を閉じたまま、答える。
「……二十二歳の、夏」
マダムは、ヒョウ柄のヒールを、カツン、と止めた。
「ああ。あの夏ね」
紫色のレースが、ふわりと宙を舞って——
二人の意識は、二〇〇九年八月、熊本県某村の、夕方の田んぼ道に、ぽとんと降り立った。
そこには、二十二歳の麗華が、軽トラの陰で、しゃがんで泣いていた。
皿洗いで荒れた指先に、剥げかけた派手なネイルだけが残っていた。
ジャージの膝には、田んぼの泥。
姑に投げつけられたばかりの言葉が、耳の奥で、まだ反響していた。
「あんた、芋にしては気取っとうね」
田んぼの向こうから、近所の子どもたちの、すっとんきょうな拍子のあざ笑いが飛んでくる。
「イモぉーーっ!!」
「イモぉーーっ!!」
夕日が、軽トラを赤く染めていた。
若い麗華は、背中を丸めて、声を殺して泣いていた。
腹の中では、まだ生まれていない子どもが、ちいさく動いた。
マダム☆パピヨン・グリッタリーヌは、ヒョウ柄のヒールを脱いで、土の上に、ぺたりと座った。
紫色のサテンが、汚れることも気にせずに。
「——ねえ、あんた」
若い麗華が、ぎょっとして、顔を上げた。
「そのままでいいよ」
「……は?」
「あんたのこと、誰も誉めてくれんやったやろ。母ちゃんも。姑も。旦那も。同級生も。村のおっちゃんたちも、子どもらも。みーんな、『芋』って言うたやろ」
若い麗華は、答えなかった。涙が、また、ぽろっと落ちた。
「でもね、あんた、私になるとよ」
「……」
「あんたが、いま、こうして泣いてくれとうけん、十六年後の私、ピンクの口紅ばっちり塗って、金のチェーン光らせて、熊本の下通りを、胸張って歩いとうとよ。イモって言われても、振り返らんで歩いとうとよ。あんたが、いま、ここで、ぎりぎりで踏ん張ってくれとうけん」
「……うそ」
「ほんと。あんた、強くなるとよ。そりゃもう、うっとうしかぐらい、強くなるとよ」
若い麗華は、ぽろぽろ泣きながら、ふらり、と前のめりになって、マダムの膝に、額を埋めた。
紫色のサテンに、土と涙と、田んぼの匂いが、混ざった。
マダムは、ヒョウ柄のネイルで、若い麗華の頭を、不器用に、ぽん、ぽん、と撫でた。
「なーんも、心配せんでよか」
教室の畳の上、現在の益城麗華の頬を、つけまつげの隙間から、涙が一筋、ゆっくり、ゆっくり、伝った。
七人の塾生のうち、誰も、まだ目を開けていない。
それぞれの脳内で、それぞれの分身が、それぞれの過去の自分を、見つけ始めていた。