疑似科学的言説はいかにして説得力を獲得するか
――ポルソナーレ「日本人の心身の病気」言説の修辞分析と批判――
本レポートは、心理カウンセリングを標榜する団体ポルソナーレが提示する一つの言説を分析の対象とする。その言説は、「日本人の心身の病気とは母系制がつくる禁制と黙契のことであり、それは日本語の動詞文が生み出す」と主張し、がん・心臓病・脳梗塞・自己免疫疾患・認知症といった重篤な疾患の原因を言語構造そのものへと帰着させる。そしてこの主張は、約四〇年にわたるカウンセリング研究の到達点として、いわば結論的真理の体裁で提示されている。
本稿の主張は明確である。すなわち――この言説が読者に対して持ちうる説得力は、経験的証拠にではなく、いくつかの反復可能な修辞的操作に由来している。そして、その中心的な命題は、神経科学的にも論理学的にも成立しない。さらに、この言説は決して孤立した奇説ではなく、「日本人論」「母性の病理化」「疑似神経科学」という、それぞれ批判の蓄積をもつ三つの言説的系譜の合流点に位置づけられる。以下では、(二)いかなる修辞によって説得が試みられているか、(三)なぜ中心命題が成立しないか、(四)この言説がどの系譜に連なるか、の順に論じ、(五)で結論を述べる。
あらかじめ断っておけば、本稿の目的は対象テキストの著者個人を論難することではない。むしろ、専門用語をまとった主張が「科学らしさ」を獲得していく機構を腑分けし、読み手がその機構を見抜くための批判的読解の手がかりを提示することにある。
対象テキストの説得力は、論証の妥当性ではなく、次の四つの修辞的操作の積み重ねによって生み出されている。
第一の操作は、確立した神経科学・生理学の術語を装飾的に動員することである。扁桃核・線条体・中隔核・海馬・ウェルニッケ言語野・X経路・ホメオスタシス・ゲシュタルトといった語が次々に配置される。これらはいずれも実在する概念であるが、テキスト内ではその本来の意味から切り離され、「母親のしゃべった動詞を保全し、それ以外を敵と見なす中枢神経」といった、原典には存在しない機能が割り当てられている。読者は、見慣れた専門語が多数登場することによって、背後に確かな科学的裏づけがあるかのような印象を抱く。語の正しさではなく、語の密度が権威の代用品として機能しているのである。
第二の操作は、共有された語に独自の定義を密かに与え、その私的定義から論を進めることである。「動詞文」「禁制」「黙契」といった語は、文法学・人類学・心理学のいずれの標準的用法からも乖離した意味で用いられる。たとえば「動詞文を話すこと」が「副交感神経が中心に働き、交感神経(視覚)が働かないこと」と等置されるが、これは文法範疇と自律神経の活動とを根拠なく接続した独自規定にすぎない。読者が標準的な語義のまま読み進めると、いつのまにか著者の私的定義に同意させられている。
第三の操作は、いかなる反例も体系の内部にあらかじめ回収してしまう閉じた論理の構築である。テキストは「見ない」を「存在しない」と等値し、対象を見ないこと自体が病の証拠であると述べる。この論法のもとでは、反論する者は「動詞しか受け付けず、それ以外を敵と見なしている」がゆえに反論しているのだと説明され、批判そのものが理論の正しさの傍証へと転化される。反証する手段が原理的に封じられている点で、これは経験科学の体裁をとった信念体系である。
第四の操作は、深刻な数値を提示して危機感を喚起し、その出口として自らの方法のみを提示することである。「四〇〇万人とも六〇〇万人ともいわれる認知症」という実在の問題が引かれ、それが言説の主題と無媒介に結びつけられる。原因の解明として提示されるのは著者の枠組みであり、処方として示されるのは「名詞文・抽象名詞文の習得」という同団体の教育プログラムである。問題の普遍化と、その唯一の解決者としての自己定立――この構図は、後述するように、特定の認識様式に固有のものである。
以上の修辞を取り除いたとき、残る中心命題――「日本語の動詞文という言語構造が身体疾患を生み出す」――は、次の四点において成立しない。
第一に、文法上の範疇(動詞文)と神経生理の状態(副交感神経優位)とを等号で結ぶのは、異なる記述水準を混同するカテゴリー錯誤である。文の品詞構成と自律神経系の活動とのあいだに固定的対応があるという知見は存在せず、テキストはこの対応を論証せずに前提として置く。前提が証明されないまま結論の支柱とされている。
第二に、動員される脳部位の機能記述が事実に反する。海馬は宣言的記憶の形成に関与する器官であって、特定の言葉だけを保全し他を拒絶する装置ではない。扁桃核は情動・脅威の処理に、線条体は運動制御や習慣形成に関わるが、いずれも「母親の動詞を守る」器官ではない。ウェルニッケ野は言語理解に関与する領域であって、「右脳にクローズ・アップの虚像を浮かべる」器官ではない。また「X経路」は本来、網膜神経節細胞の機能分類(X細胞・Y細胞)に由来する用語であり、テキストが付与する意味とは無関係である。専門語は引用されているが、その内容は専門知と一致していない。
第三に、言語構造から特定疾患へと至る因果の道筋が一切示されていない。構文の型が、いかなる生理学的経路を経て発がんや自己免疫反応や神経変性に至るのか――その機序は提示されず、相関を示すデータすら存在しない。重篤な疾患の病因論として、検証可能な命題の体をなしていない。
第四に、この主張は、言語が思考と存在を全面的に規定するという言語決定論の最も強い形態に立脚している。言語が認知に一定の影響を及ぼすという穏当な仮説(言語相対論)には根拠もあるが、言語が思考様式・健康・人格を決定するという強い主張は、経験的支持を欠くものとして退けられてきた。加えて、「日本語話者は動詞しか話さない」という前提自体が事実に反する。日本語は豊かな名詞構造・抽象名詞を備えており、この前提は言語の実態と合致しない。土台となる事実認識が誤っている以上、そこから導かれる結論も支えを失う。
これら四点を総合すれば、中心命題は反証可能な科学的仮説の要件を満たしていない。提示される確信の強さと、それを支える論拠の脆弱さとの落差こそが、この言説の特徴である。
この言説は突発的な奇説ではなく、近現代に繰り返し現れてきた三つの言説型の合流点として理解できる。
第一の系譜は日本人論である。日本人を均質な集団として捉え、その特質を文化・言語によって本質的に説明しようとする言説群は、肯定的な独自性論として広く流通してきた。対象テキストは、その本質主義の構図を保持したまま符号を反転させ、「均質に病んだ集団」という否定的な像を描く。称揚であれ病理化であれ、「日本人なるもの」を実体として語る点において、この言説は日本人論の本質主義をそのまま受け継いでいる。
第二の系譜は、子の病の原因を母親に帰す母性病理化の系譜である。二〇世紀半ばの精神医学は、統合失調症の原因を母親の養育態度に求める「統合失調症をつくる母」概念や、自閉症を母の冷淡さに帰す「冷蔵庫マザー」説を生んだが、いずれも後年に経験的根拠を欠くものとして放棄された。対象テキストの「母系制の禁制」「母親の言葉が病をつくる」という枠組みは、この退けられた母原病論の構図を、神経科学の語彙をまとって反復するものである。原因を女性=母へと一元的に帰責する点で、構造的にもジェンダー的にも問題を含む。
第三の系譜は、脳科学の語彙を説得の装飾として用いる疑似神経科学である。心理学的説明に神経科学的言及が付加されると、内容の妥当性とは無関係に、説明がより信頼に足るものとして受け取られやすいことが指摘されてきた(ワイズバーグらの研究)。対象テキストにおける脳部位名の多用は、まさにこの「神経科学の魅惑」を利用した権威づけの典型例といえる。
これら三系譜の合流の上に、さらに「隠れた普遍的病→唯一の治癒法」という救済論的認識構造が重ねられる。万人が気づかぬ病に侵されていると説き、その出口を自らの方法のみに限定する論法は、批判的検証を停止させ、提唱者への依存を促す点で、閉鎖的な信念共同体の認識構造と通底する。
本稿は、ポルソナーレの当該言説を対象として、その説得力の源泉・命題の不成立・系譜的位置づけを分析した。明らかになったのは、この言説の危うさが、奇抜な理論内容そのものよりも、それが借用する「信頼性の形式」にあるということである。専門語の密度、私的定義の忍び込ませ、反証の封鎖、破局的統計と救済の提示――これらの修辞は、論拠の欠如を覆い隠し、確信を伝染させる。
加えて、この言説が看過しえないのは、二つの具体的な害をもたらしうるからである。第一に、重篤な疾患の原因を言語構造に帰する誤った医学的説明は、病因への正しい理解と適切な対処を遠ざける医療的誤情報として機能する。第二に、一民族全体を病んだ存在として描き、その原因を母・女性へと帰する語りは、民族的・ジェンダー的なスケープゴーティングにほかならない。
したがって、こうした言説に対して必要なのは、感情的な反発でも無批判な受容でもなく、その修辞機構を腑分けする批判的読解である。「科学らしさ」と「科学であること」を分かつ基準――反証可能性、因果機構の提示、術語の正確な使用、事実前提の検証――を読み手が手にするとき、装飾された確信はその支えを失う。批判的リテラシーとは、まさにこの分節の能力にほかならない。
参考文献
土居健郎『甘えの構造』弘文堂、一九七一年。
カール・R・ポパー(大内義一・森博訳)『科学的発見の論理』恒星社厚生閣、一九七一―七二年。
ベンジャミン・L・ウォーフ(池上嘉彦訳)『言語・思考・現実』講談社学術文庫、一九九三年。
Fromm-Reichmann, F. (1948). “Notes on the Development of Treatment of Schizophrenics by Psychoanalytic Psychotherapy.” Psychiatry, 11(3).(「統合失調症をつくる母」概念の初出として)
Weisberg, D. S., Keil, F. C., Goodstein, J., Rawson, E., & Gray, J. R. (2008). “The Seductive Allure of Neuroscience Explanations.” Journal of Cognitive Neuroscience, 20(3).(神経科学的説明の説得効果に関する研究)
※「冷蔵庫マザー」説(自閉症の母原病論)は、L・カナー、B・ベッテルハイム等によって主張され、のちに経験的根拠を欠くものとして退けられた経緯を本文の論拠とした。