「性格プロファイリング」理論の批判的検討

――OREO公式による論証構造を用いて

序論(Opinion――主張)

 

提示された資料は、「社会性の言葉」を左脳に、「幼児語」を右脳に割り当て、母親から教わる右脳の言葉の獲得の成否が、その後の社会的・経済的価値の実現、ひいては依存症や宗教的逸脱、知覚系統の病理にまで連鎖するとする「脳神経学的」枠組みを提示している。しかし本稿は、この枠組みが神経科学的装いをまといながら実質的には反証不可能なイデオロギーであり、科学理論としては成立しないと主張する。むしろこのテキストは、神経科学の語彙を権威付けの修辞として用いた一種の文化的言説として読まれるべきであり、その含意(とくに病理の責任を母親の育児へ帰す論理)には看過できない問題があると考える。

本論前半(Reason――理由)

第一の理由は、本テキストの根幹をなす左脳/右脳の機能二分が、現代の神経科学では支持されない俗説(いわゆるニューロミス)に依拠している点である。言語処理は左半球優位の傾向こそあるものの、実際には両半球にまたがる分散的なネットワークによって担われており、「右脳=幼児語・感性」「左脳=社会性・論理」といった人格特性レベルの単純な割り当てには根拠がない。テキストはこの解剖学的虚構の上に、社会学的概念(資格・免許・信用)と経済学的概念(規制緩和・市場)を接続しており、異なる説明水準を無媒介に短絡させるカテゴリー錯誤を犯している。

第二の理由は、提示される因果連鎖が反証不可能である点である。「母親から右脳の言葉を教わらなかった」ことが「右脳のバッドイメージ」を生み、それが「ノルアドレナリンの分泌の強制」を経て依存症や知覚異常へ至る、という鎖は、各項が操作的に定義されておらず、測定も対照群の設定も不可能である。ポパーが論じたように、いかなる事象も事後的に説明できてしまい、それを反証する観察をあらかじめ指定できない言明は、科学的仮説の要件を満たさない。本テキストの説明図式はまさにこの種の全包括的・無謬的な構造を備えている。

第三の理由は、神経科学用語の濫用である。たとえば依存症の機序を「ノルアドレナリンの分泌の強制」の一語で説明するが、依存の神経基盤はドーパミン報酬系をはじめ複数の系が関与する複雑な過程であり、ノルアドレナリンへの単独帰着は実態と乖離している。ここでは専門用語が、説明の精度を高めるためではなく、言説に科学的権威を付与する修辞的記号として機能している。

本論後半(Example――具体例・論拠)

以上の問題は、テキスト内の具体的記述に即して確認できる。

第一に、「資格を取得すること、仕事の経験があるということは、左脳の言葉を取得することと同義」とする箇所である。社会制度上の資格と、脳の特定半球の言語機能とを「同義」とみなす操作には、両者を架橋する観察的根拠が一切示されていない。これは比喩を定義へとすり替える論法であり、論証ではなく宣言である。

第二に、依存症を「本人も中止したいのに中止できない孤立した個人レベル」の現象として、右脳のバッドイメージとノルアドレナリン分泌に帰す記述である。依存が当事者の意志のみに還元できない神経・社会的現象である点はその通りだが、その原因を母子間の「幼児語」教授の有無に遡らせる論理には実証的裏付けがない。

第三に、最も問題的なのは、オウム真理教の特異性を「成育歴の中で右脳の言葉を母親から教えてもらわなかったこと」に起因させる記述である。これは経験的に検証不能であるばかりでなく、重大な逸脱や犯罪の原因を母親の育児へ一元的に帰する点で、倫理的にも看過できない。母親非難(mother-blaming)の図式は二〇世紀の心理学史において繰り返し批判されてきたものであり、本テキストはそれを神経科学の語彙で再武装したものにすぎない。

第四に、規制緩和や第二次産業の崩壊といった経済動向を、そのまま「右脳の言葉」の方向喪失と病理の噴出に接続する記述である。マクロ経済の変化と個人の脳神経レベルの病理との間には、いくつもの媒介項が存在するはずだが、テキストはそれらを飛ばして両者を直結させており、社会現象を脳の物語へ回収する還元主義が顕著である。

 

結論(Opinion――主張の再提示)

 

以上の検討から、本「性格プロファイリング」理論は、(1)左右脳機能二分という俗説への依拠、(2)反証不可能な因果連鎖、(3)神経科学用語の修辞的濫用という三点において、科学的言説の要件を満たさないと結論できる。それは脳神経学の理論ではなく、神経科学のイメージを借りて社会と個人を一つの物語へ統合しようとするイデオロギー的言説として理解するのが妥当である。とりわけ、病理・依存・逸脱の責任を母親の育児へと遡及させる論理構造は、実証性を欠くだけでなく、特定の主体への非難を再生産する点で社会的な害をもち得る。批判的読解の課題は、この種の言説が「脳」や「神経」という語によっていかに権威を調達するか、その修辞のメカニズムを明らかにすることにある。

 

参考文献

 

  • カール・R・ポパー『推測と反駁――科学的知識の発展』
  • P. A. Howard-Jones, "Neuroscience and education: myths and messages," Nature Reviews Neuroscience, 2014.
  • OECD『Understanding the Brain: The Birth of a Learning Science』2007.
  • 言語相対論(サピア=ウォーフ仮説)に関する標準的概説書