第五帖 歩なし将棋でレッスン開始 ―― はじめての一局を、指してみましょう
目的をひとつ、約束をふたつ。八種類の駒の歩き方と、駒を前に出す習慣。
帖を重ねて、支度はもうととのいました。今日はいよいよ、盤の前に座ります。教科書はここでいったん閉じて――最初のレッスンは、あの「歩なし将棋」ではじめましょう。
レッスンのまえに ―― 盤をととのえる
いつもどおりに、すべての駒を並べます。それから、いちばん前の列に立つ歩を、九枚ずつ、双方の盤からそっと外して、箱へ帰してあげてください。
盤の上には、香・桂・銀・金・玉、そして飛車と角。前をさえぎる壁のない、見晴らしのよい景色がひろがっているはずです。
先手と後手を決めたら、レッスン開始です。
はじめての一局に、むずかしい作戦はいりません。そのかわり、この三つだけを心の隅に置いて指してみてください。
歩の壁がない盤では、飛車と角は最初から自由です。まずはこの二枚を、実際に大きく動かしてみましょう。
飛車を前へ、すうっと走らせる。角を斜めに、盤の向こうまで滑らせる。手が駒の速さを覚えること――それが最初の課題です。走らせたあとは、「この子はここから、どこまで見えているかしら」と、駒の視界(利き)を目でなぞってみてください。
歩なしの盤は、駒どうしがすぐに出会います。だからこそ、一手指すまえに、ひと呼吸。
「いま動かしたこの駒、相手の駒の視界に入っていないかしら」――それだけを、毎手たしかめます。前の帖でお話しした「ひとりで出ない、支えあって出る」を、ここで実際に試すのです。うっかり取られてしまっても、だいじょうぶ。その痛みこそ、いちばん忘れない先生です。
そしてこの一局のあいだに、かならず一度、持ち駒を盤に打ってみてください。
どこでもかまいません。相手の玉のそばでも、自分の守りの空いた場所でも。手のひらの駒が、ふたたび盤の上で働きはじめる――将棋だけに許されたあの魔法を、自分の指で使ってみることが、きょう三つめの課題です。
歩のいない盤では、王様はいつもより無防備です。相手の飛車や角の視線が、思いがけない遠くから、まっすぐ王様に届いてしまうことがあります。
ですから、余裕のある手番に一度か二度、金や銀を王様のそばへ寄せてあげてください。完璧なお城はまだいりません。「王様をひとりにしない」――それだけで十分です。
一局が終わったら、勝っても負けても、心のノートにひとつだけ書きとめましょう。
「どの駒が、いちばん働いたか」。あるいは「どの一手が、いちばん痛かったか」。たったひとつの振り返りが、次の一局のあなたを、たしかに強くします。
そして、もう一局。歩なし将棋は短いのですから、きょうの痛みは、きょうのうちに取り返せます。
大駒を走らせ、ひと呼吸おいて、持ち駒を打つ。三つの課題をくぐった一局は、もうあなたの棋歴の、たいせつな第一ページです。
歩なしの盤で駒の速さと痛みを知ったら、次はいよいよ、十八枚の歩を盤に迎えもどしましょう。壁のある将棋には、壁のある将棋の、しずかな駆け引きが待っています。
―― 次の帖では、歩を迎えもどした盤で、王様のための小さなお城――「囲い」のお話を。